『死』について
2009年 07月 08日
時々、ふと考える。
死・について考えるって言うと
夫は「まだお前は半分生きていない。」と言う。
でもね、私の考えている『死』は自分の死ではないの。
あくまで、広く、むしろ自分以外の人の死・なのです。
明日、もし万が一あなたに何かあって永遠に会えないことになったとしたら
私必ず「なぜ、こうしなかったんだろう、ああしなかったんだろう」って
毎日毎日後悔して暮らすと思う。
でも、だからって言って何をすれば後悔無くあなたを見送れるのかと思ったら
そんなことは100%ありえないことなのではないか?
でもそれでもその後悔をひとつでも減らせるように
そんなことを毎日考えて暮らしていたら
=イコール・
一般に言う「一瞬一瞬を大事に生きる」ってことにつながるのです。
つまり、『死』を考えるってことは『生』を考えるってことにつながるわけなんですね。
人は生まれた瞬間から死に向かって歩いていくと言いますが
まさしくそれは本当で、
だとしたら人はなぜ生まれて、なぜ死んでいくのでしょうか・・・・。
そんなことを考えて、楽しく遊んでいる子どもたちを眺めるとき
なんだかすご~く悲しくなって涙があふれてしまうのです。
死・について考えるって言うと
夫は「まだお前は半分生きていない。」と言う。
でもね、私の考えている『死』は自分の死ではないの。
あくまで、広く、むしろ自分以外の人の死・なのです。
明日、もし万が一あなたに何かあって永遠に会えないことになったとしたら
私必ず「なぜ、こうしなかったんだろう、ああしなかったんだろう」って
毎日毎日後悔して暮らすと思う。
でも、だからって言って何をすれば後悔無くあなたを見送れるのかと思ったら
そんなことは100%ありえないことなのではないか?
でもそれでもその後悔をひとつでも減らせるように
そんなことを毎日考えて暮らしていたら
=イコール・
一般に言う「一瞬一瞬を大事に生きる」ってことにつながるのです。
つまり、『死』を考えるってことは『生』を考えるってことにつながるわけなんですね。
人は生まれた瞬間から死に向かって歩いていくと言いますが
まさしくそれは本当で、
だとしたら人はなぜ生まれて、なぜ死んでいくのでしょうか・・・・。
そんなことを考えて、楽しく遊んでいる子どもたちを眺めるとき
なんだかすご~く悲しくなって涙があふれてしまうのです。
by yuduki-numan
| 2009-07-08 21:26
| 優月のあれこれ